文章軌範は中国、宋代の散文選集

七巻。謝枋得(しやぼうとく)編。

唐宋の古文を中心に文章の模範となる作品69編を選んだもの。

選ばれた作品は、15作家のうち唐の韓愈(かんゆ)が32編ともっとも多く、ついで宋の蘇軾(そしょく)の12編、唐の柳宗元(りゅうそうげん)と宋の欧陽修(おうようしゆう)の各五編がこれに次いでいる。

この書は、努力しだいで高位高官になれる意の「侯王将相有種乎(こうおうしようしようしゆあらんや)」の七字を、七巻に一字ずつあてて、侯字集・王字集などと命名しているように、官吏任用試験(科挙)の受験参考書としてつくられたものである。

したがって、第一巻から順次に勉強すれば、しだいに高級な文章技術を会得できるように組み立てられている。

科挙のないわが国では、江戸時代に作文の教科書あるいは文章の傑作集として広く読まれた。

俳句は五・七・五の音節から成る

日本語の定型詩であり、世界最短の詩である。

俳句を詠む(作る)人を俳人と呼ぶ。
俳句は近世に発展した文芸である俳諧連歌、略して俳諧から生まれた近代文芸である。

室町時代に流行した連歌の遊戯性、庶民性を高めた文芸が俳諧であったが17世紀に松尾芭蕉が出てその芸術性を高め、なかでも単独でも鑑賞に堪える自立性の高い発句、すなわち地発句を数多く詠んだ事が後世の俳句の源流となる。

さらに近代文芸として個人の創作性を重視して俳句を成立させたのが明治時代の正岡子規であった。

子規は江戸末期の俳諧を月並俳諧と批判して近代化した文芸たらしめるための文学運動を行い、発句が俳句として自立した。俳句の自立後の視点から、松尾などの詠んだ発句をさかのぼって俳句とみなす見方もある。